『さやか』
「あ、あんな遠くから」

 母の心配もよそに、胸トラップで前に落としたボールは、群がるディフェンス陣の頭上を越えて右上隅のゴールネットに突き刺さった。
鮮やかなクリーンシュート。歓喜の声に迎えられた娘の、チームの優勝を決めた5点目だった。

「コーナーから直接、点を入れるんだ」

 夜の公園で2ヶ月余り、娘は毎日欠かさずロングシュートを練習していた。愛知県少女サッカーの代表に選ばれ、全国大会にも出た。

「ほら、こんなに左足がはれている」

 と娘。言われてみると、わずかにはれているように見えた。

「毎日練習しているからね。軸足に筋肉がついたんだね」

 漠然とした不安を抱きながら、母は娘の毎日の努力をほめていた。

 全国大会、合宿、県大会・・・と忙しかった8月末の試合で、接触した左足を抱え込んで痛がった娘を案じて病院に行った翌日、運命は暗転した。

骨肉腫。

 命を失うかもしれない、とは娘に言えない。でも足の骨を失うことは話さざるを得なかった。

 娘の活躍を何より期待していた両親を悲しませまいと、娘はけなげに涙をこらえた。だが、ふろ場からひそやかな彼女のおえつが聞こえ、私もこらえきれなかった。

 2度と見られないと思うからか、記憶は美化され、ゴールネットを揺らしたボールの残像が、得意げな彼女の顔とともに鮮やかによみがえる。再びあの笑顔を見る日が来ると信じて、闘病生活を見守っている。