『今村より天国の飯村大君へ(20025月、お葬式にて)

大君、君の事故を2002年の5月に聞いたよ。20025月が期日の目標の1/1000mm谷でのマシンコントロールと道とクルマの声は聞けたかい?

今、幸福のただ中、光となって走り続けているのだろうな。君はもう俺を飛び越えてしまい、多くの人にメッセージを伝えられる凄い奴になったよ。悔しいけど、俺はもう一生、君には追いつけない。

大君、君が残したほんの3篇のメッセージを見ただけで、君がいかに一生懸命で充実してやりがい、生きがいのある人生を札幌でおくっていたかよく伝わってきた。そしてなんて積極的に深い優しい愛情に包まれた人生を歩んでいるかもよく伝わってきた。

君が残してくれたメッセージを読み、僕は4年前にタイムスリップしたような錯覚を覚えた。当時、僕も長かった闘病生活を終え、「この苦しかった経験を味わった俺にしかできないことがある。俺の生き様を通していろんな人を救ってやろう」と志を持って塾を始めた。

今、ふと気づくと生徒数はあのころの10倍以上になっている。でも頭の中には「顧客満足度を上げないと」「クレームがあったら迅速に処理しないと」「成績を上げないと」「どうやって偏差値を上げさせようか」「マネジメントをどうしようか」「システムをどうつくろうか」「報告、連絡、相談をしっかりさせないと」・・・・

気がつくとそんなことばかり考えるようになっていた。あのころ、一番、俺たちが恥じていたことだよな。あのころは20人しかいなくても、みんなが自分らしさを見つけられる空間だった。今でもあのころの仲間は誰一人普通の生活はしていないけど、誰もが輝いた人生をわくわくしながら生きているよ。なぜ、おれだけがたったの3年でこんなに変わってしまったのだろう。

大君はアシストの歴代の生徒の仲で一番の優等生だった。大君より勉強ができる生徒はたくさんいる。でも、君ほど自分の人生を変えた人は他にはいない。君ほど明るく前向きに積極的で他人に優しい生徒は他にはいない。それもたくさんの苦しかった事、つらかったこと、悲しかった事、困難を乗り越えて手に入れた優しさだからなおさら深くて強い。

俺が「こんな人間を育てたい」と思っているすべてを具現化したような奴だった。だから君がレーサーになる夢とともに「俺がこんなに積極的になれたんだから、今度は俺がみんなにこれを伝えたい。夢を持つことと、一生懸命がんばることを今度は俺が伝えるよ。ずっと登校拒否をしてきた俺だからできることがある。俺にしかできないことがあるんだ。今村先生のところで塾の勉強をさせてほしい。俺はレーサーになって、同時にアシストを札幌でも広めるよ」と言ってくれたときは本当に嬉しかったぞ。

君がにこにこし、わくわくし、いつも楽しそうに俺に何か報告してくれる姿ばかりが思い起こされる。俺にとって救いだったのはあのころの俺の遺伝子が君の中に残っていた事だ。その遺伝子が君のメッセージを通じてまた今の俺に帰ってきたことだ。

大君は俺の誇りだ。創業の魂だ。俺はもう一度、第二、第三の飯村大を育てて見せる。与えられた命を燃焼させる生き方を伝え続けていくよ。一生、君のことは忘れない、大君、安らかに眠ってくれ。そしてずっと俺たちを笑顔で励まし、見守ってくれ。