とみしんの友人から送られてきたW杯のちょっといい話を紹介します。 |
【ワールドカップ デンマーク選手の逸話】 |
デンマークのトマソン選手の優しき一面を語りたい。 それはある握手会でのことである。デンマークというチームはキャンプ地の和歌山で練習を全面公開し、和歌山県民との交流を積極的に行った。練習後は地元サッカー少年たちとミニサッカーを行い、握手会、サイン会もたびたび行った。 |
そのひとコマの話。 |
あの日も、いつものごとくサイン会が行われた。気さくなデンマークの選手達を、県民は大好きになった。いつも選手達のサインを求め、長蛇の列が出来上がっていた。気軽にサインをするデンマーク選手達。勿論、中心選手のトマソンもその中にいた。その最中のことである。 |
トマソンの前にある少年が立った。彼はトマソンの前に立ちつつも、少しモジモジしていた。後ろに立っていた母親らしき人が彼を促す。 「ほら!早くしなさい!」と彼に言っていた。 トマソンも少し「変だな」と思ったのでしょう。通訳を通じ、 「どうしたの?」と彼に聞いた。 意を決した少年はポケットから一枚の紙切れを出し、トマソン選手に渡した。それは学校の英語の先生に書いてもらったものだという。英語で書いた、その紙切れにはこう書いてあった。 |
「ボクは小さいころに、病気にかかって、口と耳が不自由です。耳は聞こえません、話せません…。だけどサッカーだけはずっと見てきました。大好きです。デンマークのサンド選手とトマソン選手が好きです。頑張って下さい」と。 |
その手紙に通訳も、その場にいた我々記者も驚いた。言葉が出なかった…。 だが、トマソン選手はニッコリと微笑み、少年に「それなら君は手話は出来ますか?」と、手話で語りかけた。 その『言葉』に驚く少年と母親。 再度、聞くトマソン。「手話は分かりませんか?」と…。 それを見ていた人が、トマソンに英語で「ミスタートマソン、手話は言語と同じで各国で違うんですよ」と言った。手話を万国共通と思う人が多いのだが、国によって違う、ましてや日本国内でも地方によって違う。「そうだったのか…」という顔をしたトマソン。そして彼は通訳にこう言った。 |
「ボクは彼と紙で文字を通して話をしたいのですが手伝って下さい」と。 微笑んで「分かりました」と答える通訳。 トマソンは「後ろの人たちにも彼と話す時間をボクに下さいと言っておいて下さい」とも言った。 後ろで順番を待つ人たちは何も文句を言わなかった。一言も文句を言わなかった。彼らに「2人の時間」をあげたいと他の人たちも思ったのでしょう。そして通訳を介し、少年とトマソンの『会話』が始まった。 |
「君はサッカーが好きですか?」 「はい。大好きです。」 「そうですか。デンマークを応援して下さいね」 「はい。……あの、聞いていいですか」 「いいですよ。何でも聞いて下さい」 「トマソン選手はどうして手話が出来るんですか?正直、ビックリしました」 この少年の質問に彼は答える。 |
「ボクにも君と同じ試練を持っている姉がいます。その彼女のためにボクは手話を覚えたんですよ」と…。 |
その彼の言葉をじっくりと読む少年。そしてトマソンは少年に言った。 |
「君の試練はあなたにとって辛いことだと思いますが、君と同じようにあなたの家族も、その試練を共有しています。君は一人ぼっちじゃないという事を理解していますか?」 |
この言葉に黙ってうなずく少年。 |
「分かっているなら、オーケー!誰にも辛いことはあります。君にも、ボクにも。そして君のお母さんにも辛いことはあるのです。それを乗り越える勇気を持って下さい」と、トマソンは言った。 このやり取りに涙が止まらない母親。この光景を見ていた我々記者も涙した。その場にいた人たち、その2人を見ていた人たちも涙した。そして、トマソンは最後に少年にこう言った。 |
「ボクは今大会で1点は必ず獲ります。その姿を見て、君がこれからの人生を頑張れるように、ボクは祈っておきます」 この言葉に…、この少年は初めて笑顔を浮かべた。 |
「はい! 応援しますから、頑張って下さい」と少年は言った。そしてサインをもらい、その場をあとにする少年と母親。 |
ボクの取材に、母親は目に涙を浮かべて言った。「あんなことされたらデンマークを応援しないわけにはいかないですよ。日本と試合することになっても、私らはデンマークを応援しますよ」と、涙を流し、笑いながら言った。 |
そして、このトマソン…。少年との約束を守り、得点を決めた。1点どころか、彼は4得点という大活躍だった。1次リーグ、フランスという前回覇者と同組だったデンマーク、彼らをボクは応援した。勿論、和歌山県民も応援に訪れた。試合が韓国であろうとも、彼ら和歌山県民は応援に駆けつけた。 |
オルセン監督は言った。 「試合会場が韓国であっても、和歌山の応援は分かった。あれが我々の力になった」と…。和歌山県民の応援も実ったのであろう。フランスと同組のA組ながら、デンマークは2勝1分け。見事1位通過を決めたのである。 |
そして迎えた決勝トーナメント1回戦。場所は新潟スタジアム。相手はあのイングランドであった。スタンドからは「ベッカム!!!」という声が至るところから響いていた。その声に和歌山県民は叫ぶ。 「ダニッシュ・ダイナマイトで… にわかイングランドファンを黙らせろ!」 |
「ベッカムがなんぼのもんじゃ! 頼むぞ! デンマーク」と叫んでいた。だが…、この応援も届かなかった。和歌山県民の想いは通じなかった。デンマークはイングランドに0−3という予想外のスコアで敗れてしまった。 |
その日の和歌山県には雨が降ったという。 県民の涙雨だったのかもしれない…。 |
負けはしたが、和歌山県民はデンマークというチームを誇りに思っていた。 「よく頑張った!」「後は快く母国に帰ってもらおう!」という言葉が彼らの合言葉になった…。 |
だから、彼らは行なった。 『デンマークお疲れ様!会』なるものが宿泊先のホテルで行われた。そこに駆けつける多数の県民。会場にはあふれんばかりの県民が駆けつけた。その催しに「ありがたいことだ」と言ったオルセン監督。もちろん選手達も全員出席した。あのトマソンもその場にいた。 そこで、トマソンは見付けた…。『あの少年』を見付けた。少年と母親もその会に出席していた。少年と母親の元に、通訳を携え近寄るトマソン。トマソンの姿に気づいた母親は頭を下げる。少年はトマソンへ笑顔を向ける。そして、トマソンは少年にこう語りかけた。 |
「せっかく応援してくれたのに負けてごめんね」と『紙』で語りかけた。 |
これに少年は答える。 |
「お疲れ様でした。負けたけどカッコ良かったです。それに約束どおり点を獲ってくれたからボクは嬉しかったです」と…。 |
「ありがとう」と言うトマソン。 |
そして、この少年にトマソンは言った。 |
「ボクから君に言える言葉はこれが最後です。よく聞いて下さい」 |
「はい」 |
「君には前にも言ったとおり、試練が与えられている。それは神様が決めたことであり、今からは変えられない。ボクが言いたいこと分かりますか?」 |
「はい」 |
「神様は君に試練を与えたけれど、君にも必ずゴールを決めるチャンスを神様はくれるはずです…。そのチャンスを君は逃さず、ちゃんとゴールを決めて下さい」とトマソンは言った。 |
この言葉に少年は笑顔満面の顔でトマソンに「はい」と言った。 |
そして2人は… |
「さようなら」 |
「頑張って」 |
という言葉を残し、彼らは別れを告げた。最後に2人は仲良く写真に収まった。とびっきりの笑顔を浮かべ、ファインダーに収まる2人。この写真は少年の宝物になることだろう。 トマソンに出会ったことによって、少年は『前へ進む』に違いない…。彼の転機になることを祈ってやまない。 小さな少年、心優しきトマソンに、これからも栄光あれ・・・ |
涙、涙のお話でした。お・わ・り |