『リンゴの木』

そのリンゴ園のリンゴの木たちは、気持ちよさそうに太陽をいっぱいに浴びていました。今年も、花をたくさん咲かせて、美味しい実をつけようと願っているのです。

リンゴの木たちは、小鳥や人間に、自分の実を食べて喜んでもらえることを、何よりの楽しみにしていたのでした。

ところが1本のリンゴの木だけが、どうも元気がないように見えます。そのリンゴの木のことが気になったのか、一羽の小鳥が飛んできて、枝にとまって声をかけました。

「リンゴの木さん、どうしたのですか?今年も美味しい実を食べさせて頂くのを楽しみにしていますよ。」

リンゴの木は、小さな声で返事をしました。

「あぁ、小鳥さん……。私は自分の実にどうしても自信が持てないのだ。他の木のように大きくて立派な実をつけることができないし、味だって劣っているような気がする。」

「いいえ、そんなことはありませんよ。毎年このリンゴ園のいろいろな木のリンゴを食べさせていただいていますが、あなたの実だっていつも他の木に負けないくらい美味しいですよ。」

小鳥が言っても、リンゴの木はため息をつくだけです。

「いや、どうも私はダメなようだ。きっとこの場所が良くないんだろう。他のところよりも養分が少ない土地なのかも知れない。それとも種の時、根を張るのが少しばかり遅かったせいだとも考えられる。芽を出そうとしたら地面に小石があって苦労したものだ。そういえば私が芽を出した年は雨が少なくて猛暑が続いていたようだし、枝を伸ばす位置も少し間違っていたのだろうか……。私は毎日そんなことを考えているんだよ。」

「リンゴの木さん、あなたの実が他のリンゴの実と違っているとしたら、きっとそれは昔の苦い思いが入ってしまっているからでしょう。過ぎたことは、どれだけ苦しくても、辛くても、それはもう終わったこと。私たちの思い出のなかにしかないもの。昔のことが、「今」を作っているのではなくて、「今」あなたが何を思うかということこそが、「今」も「昔」もつくっているのですよ。あなたはもう種ではありませんし、芽だけの存在でもありません。種の時に芽を目指したように、芽を出した時にリンゴの木になるために成長していったように、ただ前に向かうことが実を実らせるのです。私たちが生きることができるのは、「今」だけ。そして「今」をどう生きるかが、どんな果実を実らせるのかを決めているのでしょうね。きっとあなたらしいリンゴの実が一番美味しいでしょうね。今年もステキなリンゴを楽しみにしていますよ。」

優しくそう言うと、小鳥は、リンゴの木の枝から、飛び立ちました。
うれしそうに囀りながら、自分の「今」を、もっと楽しむために。

過ぎたことは、もう終わったこと……
「今」をどう生きるかで、どんな実になるかが決まる……

リンゴの木は少しの間考え込んでいるようでしたが、やがて枝をブルッとふるわせて胸を張りました。
さっきとは、別の木のように元気になっています。

気がつけば、ここはとってもすばらしいリンゴ園。
気候の良い豊かな土地に日は降り注ぎ、小鳥たちが幸せそうに歌っています。

「もっと、今を楽しもう」

リンゴの木は、そんな独り言を口にしました。
今年もきっと美味しいリンゴがたくさん食べられるでしょう。